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庄野真由子のシェアゲーム制作&レビューブログ
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すごく面白い言葉を読んで、前からちょっと思っていたことが少しまとまった気がするので自分メモも兼ねて。

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ゲームはやらされるものではなく、自分でプレイするもの、というのはすごく当たり前のことだと思うんですけど、私は「ゲームをやらされている」とプレイ中に感じることは多いです。

具体的にいえば、自分が望む楽しさを得るために、自分が望まない作業時間を我慢する、というものです。
たとえば「アイテムを買うためのお金集め」とか。

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自分の中の理想は、ゲームを作るときもゲームで遊ぶときも「面白いと感じる時間が一秒でも長く、飽きていると感じる時間は一秒でも短く」なんですけど、それはすごく難しいことだと思ってます。

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だからたぶん、通常の状態でも、プレイヤーはなんらかの形で我慢していると思うし、それがなければ、たぶん、クリアできるゲームはほとんど無いように思います。
だから、ある程度の我慢とか「やらされている感」は仕方ないと思ってます。
でも「やらされているのに報われない」と思うのは、たぶんきついのだと思います。

「お金貯めなくちゃアイテムが買えないっていうから頑張ってやりたくもない戦闘を頑張っていたのに、頑張っても頑張ってももらえるお金はほんの少し」とか。

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あと、ゲームの構成上の我慢も、私はすごくよくあると思ってます。
いろんな感想でよく目にするのは「エンカウント率が高い」ということかなあ、と思います。

私がすごく気になるのは「その場所に到達時、鍵が開かない扉や宝箱がたくさんあってその時点ではどうしようもない」ということです。

これ、たぶん人によって感じ方が違うと思うんですけど、私は「ゲーム内に存在する扉や宝箱は最終的に全部開くようになる」ということを知っています。
だから、あかないのはその時点で「開錠の術がない」のが理由だとわかってます。

でも、どうせ、あとで全部開くんですよ…。
だったら、なんで今じゃダメなの?
と思うのです…。

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私が宝箱を「今」あけたいと思うのには理由があって、後回しにされると場所を忘れてしまったり、後になったら入手アイテムや武器が弱すぎて使い物にならなかった経験があるからです。

鍵があかない扉や宝箱の位置を忘れて探し回ることがないように、という工夫をしてくださったゲームは私が知る限りひとつあって、ものすごく感動したのを覚えてます。

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そういう、ゲームの様式美のようなものに対して、私は結構我慢していると思います。
その我慢が、なるべく少ないといいな、と思うし、我慢に対してのねぎらいのようなものがあったらとても嬉しいと感じます。

だから、私はプレイヤーの我慢とか労力に対して「大丈夫?」と思ってくれると感じる制作者さんのゲームがすごく好きなんだと思います。
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